COLUMN
コラム:転職の技術
第747章
2016/05/13

覚悟を決めて捨てよ!

— 失うこと、捨てることが光るキャリアを作り上げる —

何を得られるか、何が失われるかの両面を考える

転職を考えるということは、現職では得られない何かを得たいと思っているからであって、何も得たくないけど転職するという人は、まずいません。そのため、応募先や転職先を選ぶ際は、「転職後に何が得られるか」が重要な判断基準の一つになります。

一方で、転職により失われるものも必ずあります。得られるものだけでなく失われるものを加味して最終判断をしないと、トータルでみれば転職しない方が良かったとか、他社を選んだ方が良かった、なんてことも起こり得ます。

失われるものを考慮するというのは、考えてみれば当たり前の話なのですが、実際に転職活動をしていると、得られるものばかりが目に付いてしまい、ついつい失うものに目を向けることを忘れがちです。

そもそも得ることと失うことは同時になされる

そもそも、得るという行為は、それそのものが失う行為でもあります。

例えば、日本で生まれた子供は、日本語でのコミュニケーション能力を得ることが出来ます。一方で、日本語以外の言語で、日本語並みのコミュニケーション能力を得ることは至難の技となります。もちろん、小さい頃から外国語に慣れ親しんでいる人もいますが、どちらか一方の語学力が優勢になると、もう一方はどうしても劣後してしまいます。

中にはどの言語も全く同じように使えるという方もいますが、そういう方は、どれが母国語か分からず、自分がどの文化圏の人間なのかも分からない、アイデンティティ(ここでは拠って立つ思考・判断の軸という意味)が自分にはないということをよく仰るそうです。つまり、マルチリンガルの能力を得た代わりに、アイデンティティを失っているわけです。

ある精神分析家によれば、そもそも人間の認知自体が、多くを失って初めて得られるものだそうです。例えば、ゾウという「言葉」と「イメージ」を持った結果、目の前にいる動物園のゾウを、その個体というよりは「ゾウ」という象徴的なイメージで捉えてしまいます。それはつまり、「ゾウ」という言葉とイメージを得てしまったがために、目の前にいるゾウをありのまま受け入れる術を失ってしまっているわけです。

もちろん、そのゾウがとても個性的で、花子などの具体的な名前がついていたら、ゾウの花子として認知し、記憶することは出来ます。ただ、得られた記憶も、あるワンシーンを切り取ったものであり、違う仕草や表情の花子は意識可能な記憶から失われています(脳には全て記憶されているらしいのですが)。

話がずいぶん転職活動から逸れましたが、ここで言いたかったことは、そもそも転職に限らず全てのことは「得る」と「失う」が同時に行われるという二面性を持つ、ということです。

転職により得られるもの、失われるものを見極める

私自身、転職を2回していますが、やはり得られるものと失われるものがありました。

例えば、私は最初はプログラミングが出来るSEでした。そして、コンサルティングファームに転職したあと、コンサルティングスキルや上流工程の経験、そして物怖じしない度胸などを得ることが出来ました。

一方で、プログラマとしての技術力は失ってしまいました。あるときプライベートでiPhoneアプリを作ろうとしたのですが、あれだけさらさらとかけたコードが全然書けなくなっていて驚いたものです。レビューは今でも出来るのですが、自分でコードを書く能力は失われてしまっています。

また、現職の人材紹介会社に転職してからは、「人の人生の大きな転機に関わり、かつその人の人生が好転するような何かをしたい」という、かねてよりの希望を叶えることが出来ました。本当に天職を得られたと思っています。

一方で、いわゆるITコンサルタントとしてのスキルは失ってしまいました。いまでもIT業界の情報収集だけは欠かさないようにしているのですが、やはり現役のコンサルタントに比べると、パワーポイントを作成するスキルや製品・ソリューションの理解度などは劣ってしまいます。

では、失って後悔しているかと言えば、それはありません。時々、あっちの人生だったら自分はどうなっていたんだろうと考えることはありますが、失っても得られるものの方が大きいと推測し、覚悟を決めて決断したので全く後悔はありません。あの時、捨てるべきものを捨てて良かったと思っています。

以上は私個人の例ですが、どういう転職をするにしても、必ず得られるものと失ってしまうものの両方があります。冒頭に書きました通り、転職活動時には得られるものだけに目が行きがちなので、失われるものについてもきちんと目を向けて頂き、自分の力を最大限に発揮できるフィールドはどこかを冷静に見極めて頂きたいと思います。

捨てるべきものを適切に捨てることが光るキャリアを作る

「失う」という言葉にはネガティブな響きがありますが、成長という観点で見ると、実はポジティブなことと言えます。

もちろん、一人で何でも出来るに越したことはないのですが、ある分野で抜きん出るためには、自分の力をその分野に集中的に注ぎ込むことが必要です。使える時間は一日24時間と限られているため、いろいろ得ようとすると、却ってどれも中途半端になってしまいます。そのため、失うことをもっとポジティブに捉え、光るキャリアにするために、自分の将来の可能性のうち余分なものを積極的に捨てていくことが大事です。

例えば、プロ野球やメジャーで活躍している人は、ノーベル物理学賞を得る可能性を捨てています。総理大臣になっている人は、民間実業家として大成する可能性を捨てています。その道でひとかどの人材になろうと思ったら、基本的には余分な可能性を適切に捨てていくしかないのです。

もちろん、キャリアには深さと幅が必要で、これしか出来ない、というのは市場価値的に不利になるため、自分の可能性を極端に限定してしまうのは良くありません。しかし、欲張ってあれもこれもと可能性を手放さずにいると、総花的なキャリアになり、これもまた市場価値が低くなってしまいます。

そのため、応募先や転職先を決める時には、自分の可能性を広げつつも、同時にどれを失えば良いか、何を捨てるべきかも良く考えて判断して頂ければと思います。

筆者 田中 祐介
コンサルタント実績
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