
みなさまは『記号接地』という言葉をご存知でしょうか。認知科学の世界で人間が言葉を理解していく発達過程で重要とされているのが『記号接地』という概念です。最近ではAIが言葉と現実世界にある事物とをどのように結び付けるのか、という問題で『記号接地』や『記号接地問題』という言葉を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
記号接地ってどういうこと?
具体的に『記号接地』がどういう概念なのかというと、記号接地をしている状態とは、“りんご”という言葉を聞いて、赤い色や丸っぽい形といった見た目のイメージだけでなく、かじったときに少し硬くて、ジュワっと甘い果汁が出てくる歯ざわりや甘い蜜の香り、持った時のずっしり感などの感覚も一緒に思い出される、ということです。りんごを嫌いな方にとってはまた異なる感覚があるかと思いますが、いずれにしても自分の身体が知っている、感じていることと“りんご”という言葉を結び付けているということです。逆に、記号接地していないと、写真で見る“りんご”のイメージや辞書で引いた“りんご”の定義しかわかっていない状態となります。この状態では、200~300gの重みのある赤い球体の果物ということはわかっていても、身体感覚として持ったことも食べたこともないので、人間にとっては真にりんごを知っている、とは言えない状態です。生成AIはりんごについての知識も他の事物の知識も豊富に持っているので、あたかも記号接地しているような回答はできるのですが、生成AIには“感覚”というものがないので果たしてこれは記号接地しているのか?という問題で語られることが多いです。
仕事における記号接地の重要性
一般的には人間が言葉を理解し、言葉を使いこなすためにはこういった身体感覚を伴った理解(=記号接地していること)が重要だと言われており、記号接地していることを増やすには実際に経験することが大事ということになります。仕事においても「経験が大事だ!」と言われるのは、つまり『記号接地』している(=真に理解している)業務を増やせ、という意味だと思っています。
例えば、IT業界だと、「入社してすぐに上流工程やマネジメントをすることになったけど、実装経験もなく、技術についてはわからない」という方がいたりします。この場合、開発フェーズを見積もりするにしても、実装経験がない(=記号接地していない)ために、どこで障害が発生しやすいのか、どの程度バッファを見積もれば良いのかわからない、といった問題が出てきます。逆に、実装経験を積んだ上で上流工程やマネジメントをおこなっている方は実装経験がある(=記号接地している)ので、開発のどこでつまずきやすいのか、開発難易度はどの程度なのかが肌感覚でわかってきたりします。そうすると、プロジェクトを円滑に進めるにはどんな対策を打つ必要があるのかを自分で考えられるようになり、仕事も進めやすくなるでしょう。
実際に、上流工程やマネジメントがメイン業務となる大手SIerなどでも、中途採用では下流工程からしっかりと経験を積んできた方を求めているケースは多く、自社内で育った方とは異なるバックグラウンドで多様な業務に記号接地している人材を求めています。
記号接地を意識したキャリア戦略を!
クラウド利用が当たり前の現在、オンプレのサーバを見たり、触ったりしたことがない方もいるでしょうし、生成AIを使わずにコーディングしたことがない方も増えるでしょう。しかしそんな時代だからこそ、実機のサーバを扱った経験、自分の頭で考えてコーディングをした経験が“IT”への記号接地に役立つかもしれません。
ぜひ自分のキャリアを考える上でも、自分が記号接地している部分、していない部分を見極め、強みや弱みをうまく把握してキャリア戦略を練っていきましょう。


