
- プロフィール
- 関西の有名私立大学卒業後、大手食品卸に就職。情報システム部門で顧客の物流倉庫向け在庫管理システム(WMS)の要件定義や導入支援に従事。その後、リーベルの支援を受けて鉄鋼商社に転職し、生産管理システムの導入プロジェクトを担当。さらに別の鉄鋼商社に転職して上流工程に携わる。3回目の転職でワンプール制のコンサルティングファームへ。そして今回、リーベルの支援を受け4回目の転職で、日立コンサルティングの内定を獲得。
その後、配置換えで保守運用の担当となり、一度は辞めようと思ったが、縁あって相談したリーベルや妻からの助言により撤回。希望とは違う仕事でも成長のために頑張ってみようと決めた。
数年間やり切った後に「今が転職するとき」と考え、リーベルに支援を依頼。鉄鋼商社への転職を果たした。そこからさらに別の鉄鋼商社に転職し、待遇も上がった。
だが、転機が訪れる。将来のキャリアを考え、コンサルティングのスキルを高めることを思い立つ。自力で転職したワンプール制のコンサルティングファーム。
様々な業界の案件に携わる中で、コンサルティングスキルは何とか身に付けた。しかし、自身の業務知識や得意分野を活かしづらいアサインが続き、もどかしさが募る。ワンプール制では思うようなキャリアを描けない。
再度リーベルの門を叩き、転職活動に挑んだ。リーベルの担当者による手厚い支援が奏功し、専門性を活かせるポジションで日立コンサルティングの内定を獲得した。
ワンプール制のコンサルティングファームには様々な経験が積めるというメリットがある反面、専門性を身に付けたり活かす機会を得にくいリスクもある。それを自ら体感し、専門性を活かせるコンサルティングファームで次のキャリアを切り拓いた経緯を聞いた。
充実していた日々が一転、転職を考えるも一旦踏みとどまる
大学卒業後に入社したのは大手食品卸だった。初期配属された情報システム部門では、業務に精通してシステムを構築する醍醐味を実感した。それなのに、その後二転三転のキャリアを歩むことになるとは、当初は予想もしていなかった。
—— 就職した大手食品卸で、情報システム部門に配属されたのは想定外だったようですね。
Sさん:総合職で採用され、入社後に配属が決まる仕組みです。私は、営業や仕入れの仕事を担当するのだろうと思っていたのですが、まさかの情報システム部への配属でした。驚きや戸惑いを隠せないままシステム構築の仕事をスタートさせたのですが、これがやってみると意外と面白い。もともと私は考えるのが好きで、ロジカルに物事を進めていくシステムづくりが向いていたのだと思います。
最初はサーバやネットワークを構築するインフラ基盤のチームに配属されたのですが、その後、クライアントである小売各社から注文を受けて食品を納品する際に使う物流システムの導入チームに異動。その仕事はさらに面白く、システムづくりにのめり込んでいきました。

—— どのあたりがやりがいを感じる部分でしたか。
Sさん:当時私がいた会社は、百貨店、スーパー、コンビニ、ドラッグストアなどさまざまな小売に食品を卸していました。それらの小売各社は店舗を作り商品を並べて売ることには長けているのですが、裏側の倉庫のオペレーションなどは不得手なところが多かったため、我々の会社では、倉庫内の業務とシステムを丸ごとアウトソーシングしてもらうサービスを提供していました。そういった環境下で、各社の業務を理解し、それぞれの業務に合わせてシステムをカスタマイズして商品を流通させていく、まさに縁の下の力持ちのような仕事に誇りを感じるようになったのです。
—— 業務に精通してシステムをつくることの醍醐味を実感されたのですね。
Sさん:そうです。また、各社の事情や要望をヒアリングして、どうすれば課題を解決できるかを考え、システムに落とし込んでいく業務には、いわばコンサル的な要素もあります。今思えば、この時期にコンサル的な発想の初歩が身に付いたように感じています。
—— やりがいや誇りを持ち、充実した日々だったかと思います。
Sさん:しかし、ここでまたしても想定外のことが起こります。システム導入担当から保守運用専属へと配置転換を命じられたのです。「なぜ自分が…」と思い、一時は会社を辞めようとも考えました。そんな割り切れない気持ちを抱えている時に、コンサルティングファームに転職した友人の紹介で面談することになったのがリーベルさんでした。担当してくださった方は、コンサルティング出身。考えてみれば、自分もそれに近しい業務を行ってきたという思いもあり、「コンサルはかっこいい。自分もなろうかな」、そんな浮ついた気持ちで面談に臨んだことを今でも覚えています。
—— リーベルの担当者はどのような反応を?
Sさん:いくつか求人票を提案してくださいつつも、そんな私の心のうちを見透かしているようでした。そして、「本気で転職する決意はあるのでしょうか」とやや強めの口調で問われてしまったのです。私はその場で「はい」とは言えず、「一旦持ち帰らせてください」と言うのが精いっぱいでした。自分は与えられた仕事が嫌になって、ただの憧れでコンサル志望と言っているだけ。生ぬるい考えであり、担当の方がそう言いたくなるのも無理はないと思いました。
—— リーベルの担当者は転職する判断が今のご自身に合っているのか、再考して欲しかったのではないでしょうか。
Sさん:そうかもしれません。また、同じ時期に妻にも「仕事が嫌で辞めようか迷っている。保守運用では自分は成長できない」と相談したのですが、妻は転職には反対で、「そんな気持ちで転職などしないほうがいい。むしろ、つまらないと思っている仕事をやり切って成長してはどうか」と言われてしまいました。その場では「なぜわかってくれないのか」と憤ったのですが、一晩寝て翌朝には「確かにその通りだな」と思い直しました。こうした経緯から、リーベルの担当の方と妻に転職活動を辞める旨を伝え、保守運用という仕事をまずは頑張ってみることにしたのです。
スキルの危機感からコンサルティングファームに転職
転職に傾いた心を軌道修正し、新たに担当となった保守運用に全精力を注いだ。専任者としてクライアントを支援し、周囲からの相談に助言を与える中で、徐々にスキルが向上。気が付けば保守運用のエキスパートになっていた。
—— 不本意に感じていた保守運用の仕事ですが、実際行ってみてどうでしたか。
Sさん:保守運用のあるべき姿を突き詰め、ベンダーコントロールをしたり、様々な関係者から相談を受けて対応したりする中で、いつの間にかエキスパートになり、周囲から信頼されるようになりました。当初は気乗りがしなかったのですが、約2年間頑張って打ち込んだ結果、同僚に保守運用の奥深さや面白さを話せるまで、この仕事に向き合えるようになっていました。そこでふと心に浮かんだのが、「ここまでやり切ったのだから、転職をして次のステップに行ってもよいのではないか」という思いでした。私が一生懸命取り組んできた姿を見ていた妻も、今回は同意見でした。そこで、私は再度、転職活動を行う決心をしたのです。
—— 転職サイトに登録すると、運命的な再会がありました。
Sさん:以前私の話を聞いてくれたリーベルの担当の方から連絡が来たのです。これは何かの縁と思い、転職活動はリーベルからの支援一本で行うと決めました。社内SEとして、食品業界に限らず自分の流通の知識や基幹システム構築の経験が活かせる会社を探してもらい、提案されたのが大手鉄鋼商社でした。私も興味を持ち、面接を受けたところ採用となり、その会社で第二のキャリアを歩むことになりました。
—— 食品卸と鉄鋼商社では畑が違うように感じますが、それまでの経験は活かせましたか。
Sさん:担当したのは、工場の生産管理システムの導入。ただ、受注や出荷、在庫引き当てなどの考えかたは食品卸とほぼ同じで、経験を活かせる場面は多くありました。一方で、大きく異なっていたのは鉄を切断するなどの生産加工の部分でしたが、私はその知識やノウハウを新たに修得し、再びシステムづくりに携わる日々を取り戻しました。
また、その案件では良い出会いにも恵まれました。プロジェクトに参画していた外部のコンサルタントが、現場に入って業務知識を駆使して泥臭く課題解決するタイプで、私が抱いていた「上流だけ行うクールなイメージ」のコンサル像を良い意味で打ち砕いてくれたのです。その方とは今でも食事を一緒にするほど仲が良いのですが、「こんなコンサルタントに自分もなってみたい」と思わせるほど当時の自分からは輝いて見えました。
—— その鉄鋼商社は3年弱で辞めて、違う鉄鋼商社に転職しましたね。
Sさん:転職することにしたのは、専門職での入社だったため総合職と同じような昇進や昇給のラインに乗れず、いずれ頭打ちになることが目に見えてきたからです。この時の転職活動ではリーベルさんとは違うエージェントの支援を受け、同じ生産管理システムに携わりながら、総合職としての昇進・昇給もあるポジションに転身することができました。
ただし、業務内容はより上流工程となり、生産管理システムの構想立案から参画する立場に。仕事としては非常に困難で苦労したというのが正直なところです。構想段階のため、社内の様々な関係者が自分の意見を言って発散しがちでゴールが定まらない。ゼロからシステムをつくる構想立案はハードルが高いことを実感する毎日でした。
—— その会社に3年弱勤めた後、3回目の転職で今度はコンサルティングファームに入社されます。どのような経緯でしたか。
Sさん:コロナ禍で自分のキャリアを振り返る時間ができ、今の自分の経験やスキルではこの先通用しなくなるのではないかという危機感を持ちました。システム構築の中流から下流であればまだ力を発揮できましたが、企画部門など上流になると太刀打ちできないというのが実感でした。現に、構想立案という上流で苦戦したわけですから、その焦りはとても現実的な感覚だったのです。
そこで、何か学べないかとインターネットで探して見つけたのが、プロジェクトマネジメントについてコンサルティングファームの社長が解説したYouTube動画でした。その動画はわかりやすく、同社が実施したウェビナーにも参加し、学びを深めていきました。そして最終的に「この会社で働き、コンサルタントとしてのスキルを身に付けたい」と考えるようになり、思い切って鉄鋼商社を辞め、そのコンサルティングファームに転職する道を選んだのです。

リーベルが事前に打診し、確度が高そうなポジションで応募
4社目のキャリアに選んだのはコンサルティングファーム。業界、IT、会計、戦略などの専門部門を持たず、どんな顧客にも対応する「ワンプール」と呼ばれる制度で業務を行う、今話題に上ることも多い業態の会社だ。その選択はどう出たのか。
—— コンサルティングファームではどのような仕事を?
Sさん:最初はPMO業務を担当しました。今までコンサルタントから提案を受ける立場だったのが、逆に私が提案する役割となったことがプレッシャーとなり、最初のころは客先に出るのに足がすくむほど怖かったというのが本音です。また、担当したのは生命保険会社で未経験の業界。業界も、本格的なコンサルティングも初めてという状況で、戸惑いと苦労の連続でした。
次の案件が、これまで全く携わったことがない電力会社。しかも、人事システムの導入プロジェクトで、システム自体も今まで扱ったことがないタイプのものでした。
そして、その次に担当したのが、損害保険会社向けの業務改善プロジェクト。現状調査からシステム要求定義までの上流工程を担当したのですが、前職で行った上流工程より数段ハイレベルなことを行う必要があるのに、これまでの自分の知識や経験に活かせるものがほぼ無く、いわば“素手”で対応しなければならないのが実情でした。
—— 非常に苦労されたのが伝わってきます。
Sさん:そうして3年半ほどコンサルタントとして顧客に対応する中で、知らない業界のことをどうキャッチアップするか、仮説をどう導くか、あるいは論理立ててどう説明するかなど、コンサルタントとしての素養や立ち居振る舞いは身に付けられたと思っています。しかし、そうした実感はあっても、自分の培ってきた専門性を活かせていないというのが、率直な思いでした。コンサルティングスキルはある程度修得し、思考の引き出しを数多く持つことができた今だからこそ、ワンプール制ではなく、自身の得意分野でコンサルタントとして活躍してみたい。そんな気持ちが芽生え、そのタイミングで以前リーベルで担当してくださった方に10年ぶりに支援をお願いすることにしたのです。
—— 今回、リーベルとはどんな作戦で転職活動を。
Sさん:私の過去の強みを活かしてコンサルティング業務が行える会社を候補とし、流通系部門やサプライチェーンマネジメント(SCM)部門があるコンサルティングファームをターゲットとして応募しました。しかし、書類選考で落ちてしまうケースが多く、苦戦を強いられました。当時、私は40代前半であり、その年齢もネックになった要因の一つではないかと思います。
そこで、私たちは作戦を変更しました。SCMだけでなく、DXなど専門性を活かせる領域を少し広げると同時に、リーベルの担当の方から直接候補企業の人事担当に「こうした人材がいるが、採用の可能性はあるか」と打診し、見込みがありそうなポジションの面接を受けるというやりかたに切り替えたのです。
—— より確度の高そうなポジションをピンポイントで狙っていくということですね。
Sさん:その過程を経て、面接に至ったのが日立コンサルティングです。当初の予定とは違うポジションで応募したのですが、実際、1次面接では、私が物流システムなどの基幹システムの経験が豊富で、コンサルタントとしても上流工程から下流工程までを一通り経験している点が高く評価されました。2次面接では、入社後の担当領域として自動車業界や食品業界が示され、ここなら自分の経験を活かせそうだと実感しました。結果、内定を獲得し、作戦変更が見事に結実したかたちとなりました。
—— 今回の転職活動では、他のコンサルティングファームからも内定が出ています。迷いはなかったでしょうか。
Sさん:迷いがあったのは事実です。ただ、日立コンサルティングは上流工程に特化していることと、転職後の担当領域が自動車業界と食品業界ということで、これまで経験してきた業界との関連が深く、自分の得意分野でスキルを伸ばせる点が非常に魅力的でした。また、面接官の方が穏やかな印象で話しやすく、コミュニケーションが取りやすそうな職場だなとも感じました。面接を重ねるごとに志望度が増し、リーベルの担当の方からも「やりたいことができそうで、相性も良い」と太鼓判を押してもらったこともあり、最終的に日立コンサルティングへの転職を決めました。
コンサルタントの価値は、正しい「道案内」ができること
ワンプール制のコンサルティングファームから、培ってきた経験や専門性を活かせる日立コンサルティングへ。遠回りをしながらも、自分が思い描いたキャリアにたどり着くことができた。今回の転職成功のポイントを聞いた。

—— 転職活動がうまくいった理由は?
Sさん:まずは、リーベルさんに支援を依頼したことです。実は、リーベルの担当の方には、最初に転職支援を受けた後も勤める会社を変えるたびに連絡し、状況の共有や相談をしたり、食事をして話をしたりするなど、交流を続けていました。その中で、信頼関係がつくられ、転職することがあれば次もまた頼りたいと思っていました。今回はその選択をしたことが最良の結果を得られた一番の要因だと考えています。
—— 転職活動が思うように進まなかった際の作戦変更も形勢逆転の一手になりました。
Sさん:転職をする身としては、応募した求人票以外に自分の経歴を活かせそうなポジションがあるのなら、応募先を変更するなど調整したいという思いはあります。それを実際に行い、応募先の人事担当に掛け合うリーベルの方の動きかたを見て、そうしたチューニングを行えることこそが人材紹介エージェントに依頼する意味だと改めて感じています。
—— 自分の培った経験を活かす選択をしたことも、キャリアを切り拓く原動力になっていますね。
Sさん:ワンプール制のコンサルティングファームは、様々な業界に興味があったり、自分がコンサルとして“素手”でどこまで力を発揮できるかを試したいと考えたりする人にとっては向いている業態だと思います。しかし私の場合、その業態では頑張れる未来が描き切れなくなり、専門領域がある程度決まっているコンサルティングファームで仕事をしたほうが自分の強みを活かせると判断したのが今回の転職のきっかけです。これは向き不向きの問題かと思いますが、私のような考えの方も少なくないと思うので、転職を検討する際の参考になればと考えています。
—— では、今後の転職者にメッセージを。
Sさん:コンサルタントは、課題解決の答えにたどり着くために関係者をリードするのが仕事で、その「道案内」が正しくできるどうかで価値が決まります。ワンプール制で仕事をして痛感したのが、そうした道案内ができなければ存在意義が薄れるということでした。そして、正しい道案内をするためには“土地勘”が必要になるということです。だから、私は道案内ができそうな得意領域でコンサルタントとして貢献することに決めました。そのほうがプロジェクトを良い方向に導くことができ、クライアントの満足度も上がり、世の中のためになると確信したからです。
—— それは、コンサルタント自身にとっても、クライアントにとっても、Win-Winとなる理想形の一つですね。コンサルタントをめざす多くの方にとって参考になる視点を提供いただき、ありがとうございました。
ライター プロフィール
- 高橋 学(たかはし・まなぶ)
- 1969年東京生まれ。幼少期は社会主義全盛のロシアで過ごす。中央大学商学部経営学科卒業後、1994年からフリーライターに。近年注力するジャンルは、ビジネス、キャリア、アート、消費トレンドなど。現在は日経トレンディや日経ビジネスムック、ダイヤモンドオンラインなどで執筆。
- ◇主な著書
- 『新版 結局「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)(荒濱一氏との共著)
『新版 やっぱり「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)(荒濱一氏との共著)
『「場回し」の技術』(光文社)など。

