COLUMN
コラム:転職の技術
  1. IT転職リーベル ホーム
  2. コラム:転職の技術
  3. Devinという名の鉱脈に挑む
第1229章
2025/08/29

Devinという名の鉱脈に挑む

Devinの登場と、変化を迫られるエンジニア像

AIエンジニア「Devin」の登場が、大きな衝撃をもたらしています。自然言語の指示だけでソフトウェア開発を一気に進め、設計から実装、テスト、修正、さらには学習までこなすその姿に、AI開発が確実に新たなステージへ進んだと実感させられます。私も先日デモを拝見したのですが、Devinはプログラマを支援するツールではなく、Devin自身がプログラマとなって主体的に開発を推進する実行役。日本語でサクッと依頼が出来るうえ、チャットから追加での改修依頼や変更リクエストが可能。マルチタスクでの開発も可能で、深夜であろうと指示を受ければ休むことなく開発を続けます。ドキュメント化もリファクタリングもこなしてくれる優れものです。
このAIの登場により、エンジニアに求められるスキルセットは劇的に変わりつつあります。単に「書ける」「直せる」だけのスキルでは不十分で、「何を作るべきか」「なぜそうするのか」といった構想力や判断力、そしてAIと協働するための対話力がより重要になってきました。
思ったのは、こうした変化に対して歴戦のエンジニアであればあるほど、言いようのない忸怩たる思いも抱えるのではないか、ということです。自分たちが時間をかけて磨いてきたコードの書き方、設計の流儀、開発現場の勘どころ。そういった職人的な技能や経験が、AIの前では圧倒的な生産性に押し流されていくような印象を受けるのです。プログラマとしての誇りが揺らぎそうな今、新たなアイデンティティを模索する時期に来ているのかもしれません。
ただ、それは何も今の時代に限った話ではありません。技術者としての誇りが時代の流れによって揺さぶられるという現象は、歴史上何度も繰り返されてきました。

職人たちの街に訪れた盛衰

栃木県の山間地域、東照宮で知られる日光から車で30分ほどの位置に、かつて日本の産業を支えた足尾という街があります。
足尾は明治時代から昭和初期にかけて、日本最大級の銅山として隆盛を極めました。その産出量は日本の銅生産の3割以上を占め、日本の近代化、特に電力インフラや兵器生産、鉄道整備といった基幹産業の発展に大きく貢献しました。つまり、足尾は単なる地方の鉱山ではなく、日本経済を土台から支える中枢的な存在だったのです。
江戸時代から採掘を行っていた足尾銅山ですが、1800年代後半には苦しい経営状況に陥ります。そこに経営者:古河市兵衛が参画。1918年に古河鉱業という法人を設立して多大な投資を行い、銅山事業を成功に導いてきました。
その繁栄ぶりは人口にも表れています。最盛期には約4万人が足尾に暮らし、県庁所在地・宇都宮市に次ぐ栃木県内第2の都市となっていました。街には劇場、映画館、ダンスホール、病院、学校など、文化・教育・娯楽施設が整備され、単身労働者だけでなく、多くの家族が地域に根を下ろして生活していました。まさに「鉱山の街」としての誇りと活気に満ちたコミュニティが形成されていたのです。
その中で働く技術者や職人たちは、採鉱、運搬、製錬などの工程ごとに高い技能を持ち、長年の経験と勘に支えられた職人芸で現場を動かしていました。足尾で働くことは、専門性と誇りを兼ね備えた「一流の仕事」として、世代を超えて継承されていったのです。
しかし時代の波は容赦なく訪れます。鉱脈の枯渇、公害問題、エネルギー構造の変化、そして国際競争の激化。かつて栄華を誇った足尾は、1973年、ついに閉山に追い込まれました。街は静まり返り、多くの家族は足尾を離れていきます。時が経ち、現在の足尾地域の人口は1200人程度。技術とともに暮らしそのものも消えていったのです。
足尾で働いていた人々の中には、数十年単位で同じ技術を受け継ぎ、現場で磨き上げてきた人も多くいました。掘削の感覚、鉱脈の読み、製錬の手法。それらは、マニュアルには載らない職人の知恵でした。誇りをもって仕事に従事していた職人たちが、時代の転換点で自らの居場所を失っていく姿。それは、AIという新たな鉱脈が登場した現代にとっても、決して他人事ではありません。

誇りを胸に変化を生き抜く

今月足尾に「足尾銅山記念館」という施設がオープンしました。銅山の開発に関わった歴史や背景、銅の抽出工程や技術的な手法、そこに活用された当時の最先端機器などが事細かに展示されているだけでなく、足尾の街の繁栄やそこでの暮らしぶり、交通網の発達具合や日本初といわれる公害の状況などがよく分かる施設になっていました。
古河鉱業は銅山の成功を元手に、事業の多角化に成功。時代に合わせて化学、エネルギー、エレクトロニクスなどに事業を拡げ、現在の古河機械金属や古河電工、富士電機などの古河グループへと成長していきます。暗く危険な坑内採掘から始まった物語が、グループ従業員が約25万人、年間売上高12兆円という一大グループへと成長を遂げたのです。記念館も同社の思いにより設立されており、閉山から50年以上が経った今でも当時の銅山職人たちの記憶が静かに、しかし力強く記録されていました。
これらの展示を観ながら、ふと思ったのです。AIによって大きく変わろうとしている今、私たちの仕事は将来どのように記憶されるのだろうかと。
エンジニアのキャリアは、変化を前提としてスキルや価値観をアップデートし続ける柔軟性が以前から求められています。しかし、それは決して誇りを捨てることではありません。かつての技術者たちがそうであったように、時代に照らして新たな形で社会に貢献していくこと——それこそが、現代のエンジニアに求められることです。
私たちがAIとともに築いていく仕事も、未来の誰かにとっての誇りとなるかもしれません。単に変化に飲まれるのではなく、自らの「山」から踏み出す覚悟が求められています。

筆者 鈴木 裕行
コンサルタント実績
  • 紹介求人満足度 個人の部 第2位
    出典元
    株式会社リクルートキャリア リクナビNEXT
    対象期間
    2014年4月1日〜2014年9月30日
    調査名称
    第12回転職エージェントランキング
#関連記事

関連記事

注目のキーワード: