「こんなはずじゃなかった」
学校を卒業し、企業で働き始めた直後は、「思っていた仕事と違った」「残業がこんなにあるなんて」「職場の上司が教えてくれない」「仕事がつまらない」「嫌な先輩がいる」等々、数えきれないほどの「こんなはずじゃなかった」を立て続けに経験します。
石の上にも3年とゆでカエル
少し前になりますが、いわゆる七五三にかけて「7・5・3」というフレーズが多用された時期があります。入社後3年未満での新卒者の退職率を表現したもので、中卒で7割、高卒で5割、大卒で3割が3年未満で新卒時に入社した会社を退職するという意味です。この数字は入社した会社で働き続けることの難しさを示すものです。「石の上にも3年」ということわざを聞いたことがありますよね。冷たい石でも3年間座り続ければ暖まるということから転じて、つらくても辛抱していればいつかは成し遂げられることを意味します。
新入社員の頃に言われる「石の上にも3年」には、「3年頑張れば会社に慣れるよ」といったニュアンスが含まれます。働きだした当初、日々感じていた「こんなはずじゃなかった」は、入社3年目が終わるころにはぐっと減っているでしょう。かわりに「すっかり会社に慣れたな」いう感覚を持つことが多くなってくるのではないでしょうか。
「慣れること」は確かに大事です。一方で、慣れることだけを目指すことに問題はないのでしょうか?「ゆでガエル」の話を思い出してみてください。「ゆでガエル」とは、熱いお湯に蛙を入れると熱さに驚いて飛び出すが、水から徐々に温度を上げていくと逃げることなくゆであがってしまうという話で、今の会社に慣れてしまっていると環境の変化に気付くことの難しさを示す喩えです。
実は大切な「こんなはずじゃなかった」という感覚
「こんなはずじゃなかった」という感覚は、理想と現実との間のギャップがあるときに持つ感覚です。慣れるとは、現実に理想を合わせることです。つまり、慣れるとは、理想を現実に近づけることで違和感を感じなくなることです。この現実に理想を合わせるという方法は、「こんなはずじゃかなった」を解決する1つの方法です。
ですが、現実に理想を合わせることがベストとは限りません。会社に問題がある時など現実が間違っている時、自分にとってどうしてもゆずれない理想があるとき、理想を現実に合せてるという方法を、安易に取ってはいけません。特に強い違和感を感じた時や、違和感が続く場合には、どこに違和感を感じるのか、何故違和感を感じるのかというように、違和感ときちんと向き合う機会を持つことが望ましいです。
「こんなはずじゃなかった」を上手にいかす
「こんなはずじゃなかった」という感覚は不快な感覚なので、私達はできれば「こんなはずじゃなかった」という感覚を持ちたくないと思っています。ですが、「こんなはずじゃなかった」は、気づきのチャンスでもあります。「こんなはずじゃなかった」と強く感じたときには、どこにどのような問題があるのか、その中で自分がどこに引っかかっているのかを精査しましょう。
例えば、「こんなつまらない仕事なんてやってられない」と思ったとします。それに対して、(1)その仕事の何がつまらないのか、(2)今の仕事がどう変われば、つまらない程度は減るのか、(3)仕事内容がつまらないことは自分にとってどれ位大きな問題なのか、(4)そもそも本当に仕事がつまらないからやってられないと感じているのか、といった形で問題を精査することができるでしょう。
問題を精査していくと、「つまらない仕事でやってられない」という現状を変えるヒントが出てきます。そうやって、現実を理想に近づけるきっかけが見つける力を「こんなはずじゃなかった」は持っているのです。
まとめ
- 新卒で働きだした当初、「こんなはずじゃなかった」と想像していたことと全く違う現実に苦労してしまうが、諦めずにがんばることが大切。
- そのためにもまずは会社に慣れていこう。人は思っている以上に早く会社に慣れる。そして3年もたてば、今度は「すっかり慣れた」と感じるようになる。その時には、慣れ過ぎも逆に環境の変化に気づけなくなるという落とし穴に気をつけよう。
- 「慣れる」までに感じる「こんなはずじゃなかった」を大事にしよう。「こんなはずじゃなかった」を通じて、現実を理想に近づけよう。
筆者プロフィール
- 坂爪 洋美
法政大学キャリアデザイン学部 教授 - 慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了 経営学博士。専門は産業・組織心理学ならびに人材マネジメント。主要な著書は『キャリア・オリエンテーション』(白桃書房、2008年)等。