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「プロ意識」が、転職もエンジニア人生も成功へと導いている。 | ソピア

プロフィール

横浜市立大学理学部物理学科中退。新聞販売会社勤務を経て、大手IT系出版社に入社し、Web制作部門の技術系スタッフとして勤務。その後、大手ブロードバンド配信会社に転職し、大規模ネットワークを活用したシステム構築に従事。さらに、大手インターネットメディア会社に入社し、1年後には技術系部門の部長に抜擢されるなど異例のスピード昇進を果たす。そしてサイバーエージェントに活躍の場を移す。

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5年でトップレベルのエンジニアになる

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  佐藤真人さんには、「自分の人生を決めた2人のキーマン」がいるという。一人は高校時代の物理の教師。素粒子理論や宇宙論など大学で教えるような難解なテーマを噛み砕いて教えてくれ、それは後に大学で物理学を専攻するきっかけとなる。そして、もう一人が、エンジニアとして最初に入社した会社の上司である。

  「顧客の要望には絶対にNOと言わない。仕事は一切手を抜かない。常に完璧を目指す。口だけではなく、自分でも実践していたので、私は非常に尊敬していました。その上司には、プロ意識を一から十まで教わり、私もこうありたいと思った」と、佐藤さんは振り返る。

  しかし、エンジニア人生の“恩師”に出会うまでの道のりは平坦ではなかった。佐藤さんは物理の世界に魅せられ、大学の門を叩いたものの、ひとつの疑問が胸中をよぎる。「このまま大学を卒業して普通の会社に入り、結婚して子供を作って……。そんな月並みなコースに嫌気が差し、大学を辞めました」。

  佐藤さんには夢が芽生え始めていた。サイエンスを題材にした小説家になることだ。「今思うと若気の至り」と苦笑するが、あえて、新聞配達員というハングリーな世界に身を置き、同じように夢の実現を目指す仕事場の仲間たちと寮生活を送りながら、日夜執筆に励む。3年間頑張る。もし芽が出なかったらあきらめる。そう心に決め、書いては出版社に持ち込み、また書いては公募に応募する日々が続く。そして、あっという間に月日は経ち、ある日リミットを迎えた。当時25歳。就職するにはギリギリの年齢である。

  佐藤さんには特技があった。小学校の低学年から慣れ親しんできたコンピュータのプログラミングだ。ただし、ここは仕事にしたくない、いわば自分の聖域。仕事にして嫌いになるのが怖く、20歳の頃に「エンジニアには絶対にならない」と決めていた。「でも、年月が経ち、色々な人の話も聞き、やりたくないと思っていたものも、実際にやってみたらそんなことがないということもあるのかなと思い始めた。そこで、思い切ってエンジニアの道に進むことにしました」。

  夢をあきらめる代償は、5年で国内トップレベルのエンジニアになること。佐藤さんは「最初の1年で業務フローやエンジニアとしての心構え、現場のプログラムを全て覚え、次の1年でより大規模なネットワークに携わり、あとの3年でそれまでの経験を生かしながら完成形に持っていく。この5カ年計画で目指す」と、固く心に誓った。

20代で部長に、しかし・・・

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  小説を持ち込んだ縁もあり、まず、大手IT系出版社の技術部門に勤め始める。だが、そこでは過酷な労働が待っていた。1日の勤務時間は16〜20時間。休みはほとんどなし。プロジェクトも丸投げ状態のものを1人で担当するのが常で、肉体、精神ともに極限に達した。「ただ、その分仕事も早くマスターでき、プロ意識も身に付いた。1年経ち、計画通りスキルを修得できたので、次のステップに進むことにした」。

  大手ブロードバンド配信会社に転職し、予定通り大規模ネットワークにおけるシステム構築やコンテンツ配信に携わる。ここでは外部との調整など前社で未経験の業務も担い、足りないスキルも埋められた。1年を経て、さらに佐藤さんは迷いなく次のステージに進む。BtoCの人気サイトをJava言語で構築したいと考え、大手インターネットメディア会社を選択する。

  入社1年目で実際に超人気サイトのリニューアルなどを手がけ、その功績により四半期ごとに役職が上がり、1年後には一気に部長のポストを手にする。その後も部下20人を率いる20代の若手部長として、大手シンクタンクとリサーチ専門のWebサイトを立ち上げるなど、会社にも抜群の貢献を果たした。

  管理能力は磨かれ、「5カ年計画」は一見順調だった。会社の技術レベルを上げ、技術系の月刊誌の毎号に構築したシステムが取り上げられるほど実績も積み上げ、「トップレベルのエンジニア」としての自負も芽生えてきた。しかし、足りないものがある。佐藤さんにはそれが管理業務が増えることで失われていた、現場でシステムを構築する機会であることがわかっていた。「自分も含めた少数精鋭のプロフェッショナルなエンジニア集団により、日本のITサービスを変えることが自分の理想。気持ちは抑えられず、新天地を求めることにしました」。

背中に宿る「プロ意識」

  そしてリーベルに登録。「自分で作ったシステムを一人でも多くのユーザーに使ってもらいたい」というエンジニアとしての想いをかなえるため、転職先はBtoC分野であること、また年収を現状の水準に保つことが条件。リーベルからは数社を紹介され、そのうち1社がサイバーエージェントだった。

  「ブログを核にユーザー同士がつながる「Ameba」の事業には興味があった。会社の雰囲気もいいことを昔の仲間から聞いていた。それに入社後の上司となる面接官とプロフェッショナルな考え方のぶつけ合いのような、非常に突っ込んだ議論を交わせたこともポイント。スピードが重視され、マニュアル通りに行かないBtoC事業では、意見をぶつけ合うことが何より大切。白熱した議論ができる上司の存在は何よりも大きかったですね」。佐藤さんは、面接を受けた3社全てから内定を受けていたが、最終的にこの面接の好印象が決定打となり、サイバーエージェントへの転職を決めた。

  5カ年計画を経て、佐藤さんのエンジニア人生は再スタートを切る。まずは、「技術のサイバーエージェント」と言われるまでに会社の技術力を高めることが第一目標。さらに5年後の35歳には、チャンスがあれば、会社の立ち上げにCTOなどの責任者として関わりたいという夢を描く。「これだけは死ぬ気でやろうという目標を絶えず持ち、アウトプットを出していくのが自分のやり方。今後もそんなプロフェッショナルなシステムアーキテクトを追求する」。

  5年前に憧れた上司の“プロ意識”。今や佐藤さんの背中に確実に宿り、エンジニア人生を成功へと導いている。

ライター プロフィール

高橋 学(たかはし・まなぶ)

1969年東京生まれ。幼少期は社会主義全盛のロシアで過ごす。中央大学商学部経営学科卒業後、1994年からフリーライターに。近年注力するジャンルは、ビジネス、キャリア、アート、消費トレンドなど。現在は日経トレンディや日経ビジネスムック、ダイヤモンドオンラインなどで執筆。

◇主な著書
『新版 結局「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)(荒濱一氏との共著)
『新版 やっぱり「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)(荒濱一氏との共著)
『「場回し」の技術』(光文社)など。

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